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Date: Saturday, 18 May 2013 03:01

確かにiPhoneという名のタッチパネルパソコンは革命的に凄い。何より高性能でゲームもできるし、ボタンを意識しなくて使えるし、いろんな機能が割と自由に使える。

でも進化には必ず退化があって、最初にiPhoneは売れないって言ってた人たちが着目していた部分は、そういう部分。そういう指摘は間違っていないと僕は思っていて、ただし、商業的にそこがネガティブファクターになるかというと、必ずしもそういうことではないというのはITの歴史でもある。

つまり、うまくいかなければ、おサイフケータイがついてないだの、絵文字がないだのが失敗要因として語られるが、それを上回るメリットがあれば、そんなの関係無かったよね、と言われるだけのこと。

スマホがもたらした負の部分は、ガラケーで普通に使えてたサービスをそのままスマホ化するとオーバースペックになってしまうこと。

これは、一画面で扱える情報量と、操作ナビゲーションがある意味退化してしまったからだと言える。この部分は、明確に意識する必要があるのではないだろうか。

携帯についていけてなかったオッサンたちはこれを進化と歓迎し、ポケベルや携帯を苦に思わなかった若い子達は、目的がコミュニケーションなので、そんなことを説明できないし、するつもりもないので、現状、ガラケーは、時代の徒花的なネガティブな存在として位置づけられていたりもする。

しかしそれはさておき、やっぱりスマホはスマホにあわせてサービスを再構築していかないといけないよねって思いを新たにしたので、メモをしたくなった。

というのも、携帯についていく実力のあった器用な若い子たちは、何より感性と感情で言葉を発するので、ガラケーサービスが、スマホで使いにくい時に、何がダメなのかを発言することはあんまりしない模様。単純にスマホネイティブのサービスへと去っていくか、「なにこれ使いにくい」とだけしか教えてくれないから、そこは自分たちで変えていくしか手がない。

ところがそれと同時に、主要顧客のユーザーの気が変わるまでは、別に新しいフィーチャーを求めているわけでもなく、自分がやりたいことをやりたいようにやれば良いので、現状のまま使えることを求める。つまり慣れこそが一番のプラクティスになっており、それが変革への阻害要因にもなる。

問題は、それをスマホに持ってきた時に、スマホのUIでは明らかに無理がある機能をそのまま実現せざるを得ない時だと思う。

そういう機能の代表的なのがページネーションの変革だ。ガラケーとくらべて、大容量のメモリ、タッチパネルによる美しいスクロール体験、そしてメモリを再利用できるテーブル機能などが用意され、連続的な情報のナビゲーションを前提としている。ガラケーが少ないメモリの中でページネーションを常識としていたところとは違う。スマホにおいては、結果として情報の昇順や降順などの自由度はあまり与えないほうが使いやすいという、ある種の機能の退化を伴った状態に最適化された。これを人は「直感的なUI」と言う。

こういう部分を無視して、「今までの当たり前」を実現することは、既存の現状維持派には嬉しいのだが、後から入ってきた新しい人たちには使いにくいものになり、新規獲得と顧客維持の面で矛盾が起きる。そもそも指で押せるようにボタンが大きいので、提示可能な情報量と使い勝手はトレードオフになるのがタッチパネル液晶UIの特徴である。ガラケーが文字にリンクを貼って、詰め込んでおいても十分閲覧できたのとはワケが違う。

結果として、ガラケーの成功体験が、そのままスマホファーストのサービスに足元を救われる分水嶺になりかねない。iPhoneが、アレもないコレもないから、うまくいかないと言われた理由と同じような話が繰り返される。

smart phone is a user interface. だと思うのだ。ガラケーよりも退化したというのは、スマホが、新しいユーザーインターフェースとしての変革をもたらせた裏腹の要素だと思う。だからこそ、スマホが本流になってしまった今、ガラケーの成功体験は、ホント細かいところから捨てなくては行けないと思う。(と、考えるとホント大変だよね)


p.s.そんなの当たり前だろうと思うだろうけど、会社ひとつ存続するかなくなるかってレベルの話になると、そうは簡単にはいかなくて、売上を伴った形でのスクラップアンドビルドってのは、相当難しいわけです。

Author: "F-shin" Tags: "Web系"
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Date: Wednesday, 15 May 2013 16:19

高いレベルの人間同士の勝負というのは、「ミスをしないこと」が雌雄を決する。つまり、人間という基本構造が同じ者同士が、体力、技能、精神力、頭脳等を高めることで「ほんのちょっと他者より抜きん出る」ことにこそ価値があるんだと思う。

それに対して、コンピューター将棋は計算リソースも電力にも制約がないのは不平等だと思う。お腹すかないし、眠くもならないなら、能力の劣化要素がないじゃんか。

「人間対コンピュータ将棋」頂上決戦の真実【後編】
一手も悪手を指さなかった三浦八段は、なぜ敗れたのか

コンピュータープログラムのロジックがしょぼいとか、バグがあるからというのは、コンピューター技術側の都合でしかない。それを高めることについては、コンピューターの進化にとっては価値はあると思うが、人間との勝負の文脈に持ち込む必要はない。

十分に進化したコンピュータープログラムであれば、人間同士のかけっこの勝負の世界に、F-1の車を持ち込んで勝負をするようなものだ。

コンピューター将棋も最初はミニ四駆だったかもしれないが、今は確実に人間は抜ける自動車レベルにはなってるらしい。ここでのポイントは、人間はどんなに早く走る訓練をしてもF-1にはなれないが、コンピューターはミニ四駆からF-1カーに進化できるということ。その前提で考えないと、文脈の違う勝負に人間が傷つくのは的外れだと思うし、再現性の勝負でコンピューターに勝てると思ってるならそれは慢心ではないだろうか。

そもそも心理的に戦いに影響しない「仕掛け」に人間が価値を見出してしまうのは人間らしい話だが、コンピューターにとっては計算結果の一つでしかない。

コンピューター将棋も、人間とやるのではなくコンピューター将棋同士、バッテリーや計算リソースに制約を持たせて、そのルールの中で戦うのであれば、実質、コントロールする技術者同士の技術力の戦いになって楽しいかもしれない。CPUが正しい計算をするという部分は平等な上で、プログラムやハードウエアの勝負になるからだ。

ゲームの原点が、もし戦争に起因するものであれば、常に電力が提供されるというのは、そもそもありえない状況のハズなので、電力に制約を持たせて、その範囲で戦うというのは理にかなってると思う。逆に人間をスタンドアロンのモバイルコンピューターとみなせば、コンセントにつないで、常にフルパワーを発揮し続けることはできないのだから、そこはあわせようよ。

それはさておき、人間による競技者が本当にコンピューターに恐れを抱くのは、コンピューター同士じゃないとできない面白い競技が出来た時かもしれないね。手塚治虫や松本零士の世界みたいだけどね。

Author: "F-shin" Tags: "モバイル系"
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Date: Friday, 03 May 2013 22:13

嫌な夢を見た。いや、嫌な夢だったのかはわからないがアウトプットしてみる。

某メディア系大企業に就職した夢だった。

別にエライ人で入ったわけではなく、何かの部署の何かの一スタッフだったと思う。

その会社では企画の人が考える新しいWebサイトに、広告がつくかどうかを検証するためなのか、他部署に社内営業をする機会があって、他部署側の立場で、あるWebサービスの説明を聞いた。

つまり僕は企画の人からすると、他部署の人。そもそも転職組で、まだ慣れてない外様の立場。役職もない。とにかく偉そうなことを言うのも何なので気を使う空気。

企画の内容は、

「炎上事例をまとめたメディアを作りたい、、、、」と。

この世は、何が当たるかわからないわけなので、基本的に人のアイディアを否定するのは嫌い。特にネットは自分自身がユーザーでもあるので、プロの視点と素人の主観的な視点が混在してしまうため、企画を見る時には、主観的な自分を殺して判断しなくてはいけない、と思っているわけですが、、、

そういうスタンスでも、このアイディアはよろしくない。

理由として、

1.確か炎上データベースを作って、一晩で炎上したケースがあったハズ。このサイトそのものが炎上する可能性はありますが、そういう覚悟はできていますか?!

2.この会社で作るメディア、特に広告メディアなのに、学校名や大企業の名前をそのまま出せますか?!

炎上の華とは野暮なもので、例えて言うならば、

・東大の学生がアホなことをやった。
・Fランの学生がこんなアホなことをやった。

これは同じ炎上要素を持っているわけですが、東大であることや、Fランであることに意味がある。これを、

・大学生がこんなアホなことをやった

と丸めると、その魅力は半減します。つまりそこにあるのは学歴社会という相対的な概念なんですが、それを表現することはできますか?!

それと同じく、かつてTwitterでKDDIのプロモ案件が炎上した件を引き合い出すと、

・KDDIがこういうことをした。

と書くことができますか?!大企業でなければ炎上しにくい事例というのがあります。だから、企業名に対するユーザーの過剰な反応というのは見逃せないので、そこをうまく書けますか?!

炎上というのは、どちらが悪いとも言い切れない、夫婦喧嘩のような要素があることがあります。だから、できれば嫌な想い出として忘れたいというのが、プレーヤー側の言い分ではないでしょうか。

そもそもライブ感を失った炎上事例が楽しいのか。

おそらく企画書に、やまもといちろうさんの乗り方を真似してる要素があったと思うのだけど、やまもといちろうさんがうまいのは、彼の期待される役割にある「落とし所」としての参加タイミングと、絶妙な相乗り感であって、それ真似できないし。


ということで、解決法としては、最終的にサイトに掲載した原稿は、果たしてどのように表現されるのか?!

パワポ企画書レベルの「面白そうでしょ?ね?ね?」みたいな資料で話を進めるのではなく、予算10万でも20万でもいいから、事前に「実際に掲載するレベルの具体的なプロトタイプ」を作ってみるべきではないでしょうか?!

それを見てから、判断した方がいいのではないでしょうか?!

多分、そのまま出した時に、個人的な感想としては、「この企画を止める奴は誰も社内にいなかったのか?!」って悪意なく言いたくなると思うんですよね。。。それでうまく行くのかなぁ。。。。


・・・ということを思ったわけですが、ここはなにせ、夢の中。

具体的な相手が誰かもわからない中で、このことを相手に伝えることもできず。もしかしたら、それを相手に伝えるかどうかで悩んでいたのかもしれない。

明確に、「こういうサービスどうですか?!」と相談されれば、上に書いたとおりに伝えるけど、夢の中での自分の立ち位置は、そういうことが期待される状況ではない。

だから、こういうことを伝えるのはシチュエーションとして、野暮すぎないか、と。

でも上のとおりに思ったのは事実であって、それ違うだろ感に悶々とするわけで、納得できる説明を聞く機会もなければ、感情的なフィードバックを得ることもなく起きてしまった。

やっぱり嫌な夢だった。

ただ企画書全容は全然見てないので、もう少し企画意図と言うか、解決したい社会的目的とかを見たかった。ただの面白がるメディアではなくて、何かを救済したいのか、というのがあれば、ね。ただし、それはそれで面白いかどうかはかなり怪しい。

Author: "F-shin" Tags: "会社活動"
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Date: Thursday, 25 Apr 2013 01:55

値段が高い、安いという議論は意味が無くって、

もし、受託で合理的に価格を説明する立場の人たちであれば、人日単価が内部で存在するのであれば、それがどれだけの手間がかかるのか?!どれぐらいの時間がかかるか?!で計算できるわけなのだが、極めて合理的にクライアントに伝わっていないんじゃないだろうか。

ロゴ5000円なのか20万円なのか、そこにどう違いがあるのか?!巨匠と呼ばれる特別な人を除けば、その理由は説明し、アグリーされなければ決して理解されない。巨匠は名前利用料が乗ってくるので、非論理的な価格設定でもOKなわけで。

もし発注する商品の価値が測れないのであれば、意思決定の際に、心の引っ掛かりが亡くなるので、その発注価格は0円に近づいていくのは仕方ないと思う。経営者だったら、どんなものだって、安ければ安いに越したことはないわけだから、妥当性のある理由を誰かが説明できなければ、安いほうが正義という正論を覆すことはできない。

これは別にデザインの話だけじゃなくてシステム発注なんかも同じで、僕は元々製造業にいたけど、当時、ソフトウエアの開発を発注した時に、値段が高くて仕方ないと思っていました。

今の世界、今の知識で考えれば全然、高くないんだけど、立場が違うのと、量産品を作る人やサービスを提供してるたちと、一品一様のものを扱う人で単価の考え方が違うので、特に若い担当者だったら、そんなもんだと思います。簡単に言うと、ラーメン屋さんの現場の人だったら一杯700円のラーメンの売上、利益と比較するわけで、人月何十万という単位とは無縁なわけです。

これは感覚の問題であり、ビジネス観の欠如と言われればその通りだと思います。全く否定しません。でも、そのことに文句を言っても仕方なくて、そういう人たちと仕事をしていくんだということを意識するべきで、じゃぁどうやって理解してもらえるか、、、なんだけど・・・。

そこを諦めたらクラウドソーシングで、ロゴ5000円になっちゃうので、是非、もっと高い価格で発注すべき、というのであれば、頭を使って考えましょう。(1つ、手っ取り早い測定法としては、同じ実装のアプリで適当なデザインと良いデザインのものを二つ作ってリリースして、そのダウンロード数を比較してリリースを出すことじゃないかな。)

今、ちょうど、次回WebSig会議で、スマホアプリにおけるUIデザインにフォーカスしたイベントを企画してるけど、究極的には「デザインの良さ」がどうダウンロード数や売上に寄与するか?!という命題になるんだと思うなぁ。同じアプリに対して、デザインにどれだけ投資したか?!によって成果が変わることがあるとするならば、意思決定者にとって、その判断の難しさは、選択しなかったこと、選択したことに対する、その逆の評価ができないことなんでしょうね。

結局、あくまでも結果論にしかならない、というのはあって、デザイン意識の高い意思決定者かそうでないか?!に依存してしまう。しかし、それを説得する企画者やパートナー業者も含めて、そこにどう信念を置くか、信念を置くためには、何のリテラシーが必要か?!というのは、うまく議論できたらいいなーなんて思ってたりして。って言うと、なんかハードル高すぎるので、もうちょっと検討が必要だけど、そんな感じで、昨日打ち合わせしてきました。ちなみに6/29(土)開催予定です。場所は渋谷。時間あけといてね。


ちなみにこれは余談ですが、タイトルがそっち方面だったので、家入さんの話に触れておくと、そもそも背景として、あそこの話で抜けていたのは、家入さん自体は、評価経済で言う評価資本を持っている人なので、高いクオリティのものを無償ないしは低価格でデザインを協力してくれる人たちがいるわけで、暗黙的に、そことの比較論になってるんじゃないのかなーと思ったりするので、そこをイベントで、堀江さん的合理的な文脈で、クラウドソーシングにあわせちゃったので話がややこしくなってるのがあると思う。

昔、旧LD社が某写真サービスそっくりのサービスを出してきた時のペパボ社内SNSでの家入さんの反応を思い出しながら書いてるけど、家入さんの良さって、クリエイター的信念を持ちながらも、異様に柔軟性が高いところなんでしょうね。そこが他のクリエイターとは違うところなのかなぁ。結局、書き起こしみてたら、あの文脈って堀江さん的文脈ですよね。でも、そもそも、あそこでケシカランと言う人だったら、多分、Livertyはないだろうし、あの対談自体が存在しないだろうし、、、すべては繋がっているんだと思います。

ってこういうの書くと、どうせそれに対する反論が出てきて、それが家入さん方面に向かうのは心苦しいので、こういう話は普通はスルーしておくのがオトナの対応なんだけど、とりあえず何かあったらごめんなさい(と謝っておく)

p.s.ちなみに受託の不思議な商習慣かつ一番苦手な質問は「予算いくらですか?」。合理的な価値判断ができてない人間に適切な予算設定なんかできるかいな、というタイプです。本来で言えば予算の相談を前期に行なっておいて、必要な予算を確保するというのが正しいプロセスだと思うので、そういう相談をされる立場になれば、もっといろいろできることが増えると思いますし、そういう非合理的な予算に身を委ねてしまうのが単価が上げられない理由になると思います。仕方ないって事情はもちろん理解してますけど、それって構造不況の要因ですよね。

Author: "F-shin" Tags: "Web系"
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Date: Friday, 19 Apr 2013 01:28

最近、イケハヤ氏もそうだし、そっち系の会社さんの方々どうしで、どなたさまたちかがネットで突然結婚してみたり、なんというかもてあそばれている感と言いますか、一部のソーシャルのネットワーク上では、感情的に物議を醸し出しているのですが、「インターネット嫌い」と公言する某先生が言ってることは、実は僕が博士課程の受験の際に作った研究計画書に書いた今のWebの問題点とほぼ同じ事でありまして。

・人気のネットサービスができるでしょ?
・エンジニアが気軽にSQLで集計できるレベル(大概が一定期間内の数の合計)で気軽にランキングにして序列を作ってしまうでしょ?
 (=不適切な集合知化)
・そういうランキング上位に乗るために短期的なbuzz狙いのコンテンツが増えるでしょ?タチが悪いのは、ネタの内容がどんどん消費されるから、エスカレートしていくでしょ?
・みなさんの可処分時間が、そういうネタに、どんどん持っていかれる。

問題の原点は、昔からよく言われる「1PVの価値」を算定することができないため、どんなことでもPVを集められれば正義というWebのシンプルな構造に問題があります。だから某メディアの方が、このことについて嘆いている日記を見るたびに、「いやぁ君は、そのど真ん中で戦ってるから仕方ないんだよ」と思っているわけです。

だってそれが今のWebなんだもん。

ここでイメージされているコンテンツはエンターテイメントとも言えるわけですし、何より、人気上位になるには様々な「人を惹きつける才能」がいるので、その存在を批判したいわけではありません。

実際、こういった人の気持を上手くを逆手に取り、お金を稼ぐのが口コミの会社の存在なのかもしれません。経済社会においては、お金を稼げる方が正義でしょう。

そもそも彼らのモチベーションの原点となるgoogle adsenseの収益等は、これらの存在を助長する側に立っています。GoogleはAdsenseを作る前から民衆たちがPV至上主義を前提に動くことを知っていたと考えるのが自然です。彼らはメディアに期待することなく、メディアの上に表示される広告の質を高めて、自分自身のビジネスを優位に進める力を持っています。

以上のこととソーシャルメディアの組み合わせで、みなさんの可処分時間が吸い取られておりまして、他の人の言葉を借りれば、段々「人間らしくないインターネット」になっていくわけです。会って数秒で結婚しました、というネタが割と究極的ですが、それこそPVを集めるために、崖から飛び降りるようなことも今後起きていくでしょう。

(でも、「自分らしさ」をしっかり持ちながら面白いことにチャレンジしているのは好きなんです。そういう人たちはブランドを裏切らないから。)

以上のことから、こうなるのは仕方ないと割りきっております。だから、個人的な趣味としては、もうWeb(with ソーシャルメディア)ではなく、インターネットテクノロジを活用して、「別の所で」うまくやりたいなぁと思ったのが、研究したくなった内容の発想の原点であります。がんばらなきゃ。。。もしこういうお話でご意見お持ちの方は是非連絡ください。お話したいです。(blog記事とかでも全然OKです)

って、ちょっと毒っぽいね。てへぺろ。
例によりイケハヤメソッドということでスキだらけでごめんなさい。

もし、今後、どちらさまの会社に就職するとしたら、こんなこと一言も言わないでビジネスの推進にコミットするので、この人、面倒くさい奴とか思わないでねw
(ここがイケハヤ氏と比べてダメなところだなw)

以上、最後ぐだぐだにしてしまいましたが、結論としては、最後の知識集約サイトであるnanapiに期待しております。

Author: "F-shin" Tags: "Web系"
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Date: Wednesday, 17 Apr 2013 21:54

液晶を生産する技術力が、「大きなパネル」を作ることではなく、「小さくて、省電力で、太陽光の下での見た目も素晴らしい」ところで他の製品に負けない優位性が生まれれば、新しい分野で重宝されるだろう。

4月から通い始めた大学院の課題でシャープの不調の理由について検討する宿題があって、財務諸表を見たり、その他、いろいろチームで検討していた中で、今は実現できないけど、すごく面白かったアイディアが、

「液晶によるネイル」

デジタルサイネージ的に見た目の着せ替えができるツケヅメだ。おそらくハードを安く売って、一枚数百円から数千円ぐらいのスキンの販売で売上を回収するモデルになると思う。ハードは使い捨てでもいいのかもしれないし、非接触充電で充電するのかもしれない。

これを今のテクノロジから否定する意見はいくらでも思いつくし、じゃぁシャープの2兆円を超える売上を支えるほどのものなのか?!という疑問も生まれるが、それはアップルにとってのiPodも最初はそうだったハズだ。

結局、液晶の販売量が「面積」なのであれば、世界の人、一人あたりどれだけの面積の液晶パネルを保有してもらうか?!というのが大事なことだと思う。

据え置き型の大画面テレビを中心にブランドを作っても、そもそもテレビ見ないし、家にいないし、というのではイマドキのキラー技術とは言わないだろう。

あくまで自分をユースケースに取ると、僕も結局、家にある40インチモニタよりも4インチのiPhoneの方がよっぽど見ているわけで、面積単体のサイズよりも使いやすさ。それは太陽光下の見た目であったり、省電力だったり、割れないことだったり。。。

あれだけ、もう進化しないと思われていたインテルアーキテクチャのCPUを代替せんがためにスマホ向けのARMプロセッサの性能がどんどん向上している状況(そしてインテルの売上は下がり続けている)のを見るにつけ、今の時代を進化させる適切な技術革新こそが、シャープを救うハズ。

彼ら自身の技術を生かしてくれるパートナーは不可欠だが、その相手は同じような競争をしている電機メーカーというよりは、違うカテゴリで不可欠な技術を作ることだろう。それがファッションだったり、健康だったり、人間の身体性に直結するところの革新は必要と思われる。

だが、おそらく家電以外で「液晶のバッテリーが持たない」、というのは相当致命的で、お前らフザケンナ、そんな技術ダメだろと、コンテンパンに通用しない可能性があって、おそらくそれが現実的な評価だろう。しかし、モバイル技術が本質的にモバイルにとっては不完全だと考えればこそ、技術革新が不可欠だと言う現れだろう。作り手の論理では、イノベーションは起こせない。


と、若干イケハヤ氏メソッドのメンタリティで書いてますので、僕が賢くなる内容であれば反論、ツッコミ大歓迎です。(こういう言い訳でブログを書くのは確かに都合が良い)

Author: "F-shin" Tags: "会社活動"
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Date: Sunday, 14 Apr 2013 18:48

Objective-Cなんてのを書いてると、なんでこんなちっぽけなことを実現するのに時間がこんなにかかるんだろうと思う。

スキルや経験に問題があるかも?!というのは否定しないけど、Webベースで作ってる時に比べて、自分の生産性が1/20ぐらいになってる気がして、携帯HTMLのサーバサイドコード書いてた時と比較しちゃって、モチベーションの維持が本当大変。

HTMLのハイパーリンク、テーブル、CSS、、、すごくシンプルなアーキテクチャで、すごいよ、やっぱり。

なによりWebは分業したときの切り分けがエンジニアに優しいw。

唯一の弱点はサーバサイドコードが汚くなることだけど、汚くあることで可読性は悪いけど、その分、修正のスピードが早い。汚いところは君の頭の回転でカバーだ。

AjaxもいらないからブラウザとWebサーバの間で先読み技術などがどんどんリッチになって、Webの人はできるだけ使いやすいWebサービスを作ることに時間を費やしたいね。

そう考えた時に、Web Socketとかどんどんややこしい方向に進化していくHTML5は退化だと思うなぁ。いつか来たAction Scriptを思い出すわけ。MovieClipって怪しかったかもしれないけど、あれ自体が作り手が意識しないオブジェクト指向のパーツで素晴らしかった。

そんなことよりブラウザがもっと進化して便利であればそれで良いじゃん。高機能になっていくってのは、結局、サービスベースで見ると、実質ブラウザの再実装みたいな世界に突入するので、みんながそこに時間を割くのはもったい無いね。

あーはやくスマホが進化して、ネイティブアプリの時代終わらないかなぁ....。

と同時にスマホアプリをバリバリ開発されているかたを尊敬する限り。。。一緒に仕事したい。。

#という愚痴でした。

Author: "F-shin" Tags: "Web系"
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Date: Saturday, 13 Apr 2013 00:16

ニュータイプすぎるイケハヤ氏のイベントがあったそうですが、カイさんの記事に詳しく書いてあった。

「やまもといちろう×イケダハヤト対談イベント」メモ書きレポート【更新】

「自分の意見を書くと炎上する」、という部分だけが間違ってると思うのだけど、自分の意見の伝達距離を最大化するために、あえて炎上マーケをしてるんじゃないか?!という部分で、やまもといちろうさんが、わかっててやってるよね、って言ってたけど、果たして本当にそうなのだろうか?!

彼の芸は、自分の少ない経験を、誰にでも当てはまるだろうと一般化して批判した結果、その意見に含まれちゃってるけど該当しない人たちから「いやそれ違うだろ、何偉そうに言ってんだ」ツッコまれるという構図に対して、

「大人はどうこう」
「意見を言えば、必ず批判は出る」
「出る杭打たれる」

などなどと、自分を守る方向で批判意見をシャットアウトして防御してるという構図なので、炎上については自覚的ではない可能性が高いのではないかと思う。

わかっててやってるなら、こういう話にならないと思うので。


本当に的外れな意見ならスルーすれば良いと思います。日刊ゲンダイとかそういう方向で意見を主張し続ければ良い。


昔、どうせ正月から店やってるし働いてる人だっているんだから「正月休みなんかなくなれば良い」って記事を書いたら、正月で記事がなかったせいかlivedoor newsの右端あたりに掲載されたことがあって、それがきっかけで、何故か知りませんが凄い勢いで炎上したことがあるんですが、参考になる意見もあったけど、livedoor news経由の意見の多くが物凄い感情論で的外れだったんですね。

で、その中で、「正月じゃないと休めない人がいるんです!」って意見が来た。

多分、僕はそういう意見をスルーしたけど、イケハヤ氏は、正月じゃないと休めないって言ってるのはお前らは社畜でダメなんだ!堂々と休むのがノマドスタイルなんだ!って言うタイプなんだと思います。

そうすると、多分、正月しか本当に休まない充実した仕事をしている人たちから反論が来る。そんな流れなのかなーと思います。

これを意図的にやっているのではなく、自分の性として仕方ない、と開き直るにしても、今のところこういう流れになってる以上、もうちょっとうまく主張する方法があるんじゃない!?というところでしょうかね。受け取る相手あっての意見ですからね。

主張するなってことじゃなくて、もっと共感を得る方法があるんじゃない?!ということ。反感を買ってネタ化されると、短期的なアフィリエイト収益は上がるかもしれないけど、中長期的にはマイナスの可能性が高いですからね。

と書いても彼には伝わらないと思うので、アドバイスめいたものは書いても仕方ないんだけど。。。僕も、ネット通信歴が20年を超えちゃってるので、こういう人が、こういう騒動の先に、長く続いたケースを見たことなくて、最後は「ネットって残念!」という捨て台詞を言って去っていくので、ネットから人が見えなくなるのは単純に寂しいので、このままとことん突き進むか、もしくは、うまくやって欲しいのになーって思うわけです。

彼の場合は、プロブロガーよりも違う収益源を見つけた時に去っていくのかもしれないなぁとは思っていますが。それはそれで進化で良いんですけど。


それと何故、彼はそうなってしまう?!という部分で、みんな、あのイベントでのすれ違いの意味とか自分の目線で考えたくなるかもしれないけど、それもちょっと違うかなーと思っています。

僕は、この話を見て、彼の「復讐」と書いてある部分も含めて、多分、過去の人生でいろいろあったんだろうなぁと想像してしまうわけで、、、、多分、会社組織においても、いろいろ似たようなことがあったんだろうなぁとは想像に難くないわけで。。。最後はスッキリしない書き方だけど、まぁそんなあたりをイメージしたイベントでした。。。

ブログってあくまで使い方として、面白いですね。

ま、僕なんて何書いても、凡人的な価値観が大きいからか、ネットであんまり怒られたことがないので、イケハヤ氏は正直言ってうらやましいですね。僕は、そういう文章は絶対書か(け)ないから。(10代、20代前半はコミュニティ内の感情的なアレコレでいろいろあったけど)

ですが、そういうことを書かないと評論系プロブロガーとして生活できないなら、自分らしく地味に行こうと思う限りではあります。そこについては違うことで生計を立てて行かざるをえない、と、ブロガーとしては負けを認めざるをえない。

Author: "F-shin" Tags: "Web系"
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Date: Monday, 08 Apr 2013 02:53

よくネットサービス成功者の人たちが、つい「最初は受託をやって資金繰りをね、、、」とか言っちゃうもんだから、起業したい若者君達がつい、

「とりあえず受託」

って気軽に言っちゃってるのを見てアチャーと思いました。

諸先輩方こういう発言やめませんか?

受託と一言で言っても何種類かあって、ざっくり書くと、

1.アルバイト的な受託(主に二次受け以下で、持ってるスキルを生かして猫の手を貸す商売)
2.職人的技術系(デザイン、コーディング等)の受託(技術売り)
3.お客様のビジネスの成功のために、長期的な関係性を作るガチ受託

受託のビジネスモデルというのは基本的に利益率商売です。ネットサービスは、サーバーに働かせ、その上でサービスを動かし売上のレバレッジを得る商売です。

根本的にビジネスモデルが違います。だから同じ人が両方やるには相性が悪いです。

受託の利益率を高めるには、たいていが「コストを下げる」ぐらいしかないのですが、コストを下げる方向には、スタッフの能力が向上するというのもありますし、悪名高きオフショアなどがありますが、一番前向きなコスト削減は、

「お客様との信頼を高めて、コミュニケーションコストを下げ長期的な関係を作る」

要するにリピートオーダーを得るということです。これがガチ受託の利益の源泉です。

(常に新規の案件ばかりやってるところもありますが、新しいことばかりで楽しいかもしれませんが、その分、リスクが高いです。大体が少数精鋭の会社です。)

こういう受託請負の会社さんは、そう簡単に受託を離れられません。成功していればお客様と二人三脚的な立ち位置になっていることが理想だからです。

また、2番目の「職人的技術」の人も、お客さんのビジネスが成功していると代替されにくいところもあります。特に運用に深く関わっているとそう簡単に離れられなかったりします。

で、すぐ離れられるのが、ネットサービス系の人たちが言ってしまう「アルバイト的受託」です。

資金繰りのために、自分たちの時間を切り売りする仕事、ですね。
ネットサービスをがっつり開発する活動と相性が悪いです。

故に、「受託をやるか否か」みたいな論点になってしまうのですが、ガチ受託の人たちからすると、アーティストになりたくて、生活のためにファストフードでバイトしてる人たちが、言葉が足りなくてファストフードのビジネスそのものを否定してるように見えてしまうわけです。

で、まぁそこはいいとしても、問題はそういう成功者の人たちの話を聞く人が、「とりあえず受託」などというのを逃げの言葉のように使ってしまったりして、正しいビジネスのあり方を捉えられていないまま、受託業務を毀損していることにあると考えます。

と、いろいろ書いてしまいましたが、結論としては、ネットサービスで成功された方々は、資金繰りのための受託請負なら

「アルバイトしてました」

って言って下さい。そうすれば直感的にもわかりやすいと思います。

Author: "F-shin" Tags: "Web系"
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Date: Sunday, 07 Apr 2013 17:39

過去、いろんな経験をしてきて、こりゃまいったなーと思うのが、「決断力が高い人」の対処。

「決断力がある人」は「決断が早い」「ブレない」。これは一般的に社会人に必要なスキルと言われ、上司というのはそういう人である可能性が高いのだが、その実起きることとして、

「見切りが早い」
「判断を誤った時に軌道修正するチャンスがない」
「周りから見て、モノの見る目、判断が甘い場合がある」

大体、決断力のある人は、自分に絶大なる自信がある人だ。多分、それで多数の成功体験があるからこそ、自分を強く信じられるのだろう。

が、人間は必ずミスをする。どんなに頭が良い人でも見誤ることはある。問題はどうやってその軌道を修正するか?!フラットに判断していれば、人に言われて直すこともあれば、経験から学ぶこともある。自分で常に起動修正できる人もいる。

自分の意見に自信があって決断力があるがゆえに、何かが足りない時に軌道修正ができなくなる(しない)というケースがままあって、そういう人が上司だと割とタチが悪い。

過去に僕が直撃してきて、これまいったなーと思ったのが、「こいつはオタク」だと思われたこと。

ここで言うオタクというのは、

「細かいことを気にしすぎる」

その人基準から見て、「変な趣味を持っている」と判断される。

ということだったかな。

で、こちら側が思うのは、

「こいつは信じるに足る存在ではない」

って思ってるんだろうなぁと見えてしまうこと。

例えば、そういう人が社長の会社だったら、もはや一定以上は出世はできない可能性が高い。こういう奴だとレッテルを貼られてしまえば、もう逆転するチャンスはない。イメージというのは、機会を生む意思決定の段階で作用しているのでチャンス自体が回ってこない可能性がある。小さな会社であればあるほど特に。

もうそういう上司に当たってしまったら、どうやってその場から撤退するかを考える方が早い。だって、おそらく覆すのは難しいので。後は、そこが下の人間として譲れるか譲れないか、だろう。仕事を仕事として割り切って働く、という選択肢もある。

上記の例で言うと、上記の「オタク要素」とは、実は「商品に対する考え方」だったので、それは割と譲れなかったわけです。「そうか、ここでは、そこが通じないか」、、、と思ってしまったら、人材が外に出て行くことは止められないでしょう。

それってリーダーと部下の在り方としてどうなのかなーと思うわけです。

仮に、そういう判断をしても仕方のない「ワケの分からない発言」の一つや二つがあったとしても、その対象になった人も他の人から影響を受けるなどして、どんどん変わっていく部分もあるわけで、変わらない部分と変わる部分は、判断する側の常識では測れないこともある。

所詮自分の価値観は、自分の生態系の中での成功体験でしかないのだから、自分にとっての「よくわからないこと」も他人には起こりうるという前提の上で、全てのことを都度都度、是々非々で偏見を持たずに判断してくれる人のほうが、挽回のチャンスを与えてるという意味で、僕は単純に好きだし、僕もできるかぎりそういう人でありたいと思う。(僕も、ちゃんとできてるかというとわからないですが。)

まぁいずれにせよ成功実績がある人であればあるほど、他人を自分の成功パターンに当てはめて判断していく人が多いので、まぁなかなか大変でして。。。縁があるとか縁がないとかって、こういうことも多々あるので、多少選ばれなかったとしても、あんまり気にするのはやめましょう。


ちなみに「是々非々」の意味は、

「良いことはよいこと、悪いことはわるいことと、公正無私に判断すること。道理によって正しく判断する態度をいう。」

Author: "F-shin" Tags: "会社活動"
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Date: Wednesday, 03 Apr 2013 02:33

オトナになると、大体、自分で自分の責任を増やしていく。

家族を持って、家を持って、住宅ローンを抱えて、子供を育てて、上司にになって上と下の狭間で苦労する。

それが従来の大人が自然に求めていたロールモデルだったと思う。その後、景気が悪くなって、住宅ローンを抱えることはリスクになり、滅私奉公していた会社からはリストラされて追い出されたりして、一体何だったんだ、というのが大人のロールモデルが壊れたことではないかと。(終身雇用はそもそも幻想だけど)

ただ、それはあくまでも結果論。その人達がその段階で、「やむを得ない選択」だったのか?!というとそんなことはなく、日本人的行動原理に基いて最善の選択をしたつもりであったハズだ。

大事なのは、最善の選択をしたことが「(いろんな意味での)資産を増やす、責任を増やす」方向に行ったということだと思う。これが大人としての自然な生き方だったんだろう。

ぼくはひょんなことから持っていたマンションを手放し、住宅ローンを放棄し(返済し)、会社を作り、ネットサービスを持ち、責任を抱えて、毎日ノートPCを持ち歩く生活をし、そして会社を手放した。

結果、今は何も持っていないという状況になり、次のチャレンジをしているわけだが、はて、これは人生の逃げであり、中二病以外の何者でもないのでは!?と思うことは多々ある。自己満足なんじゃないか、やってることに意味があるんだろうか。無駄に年齢を増やしていくだけなんじゃないだろうか。

そういう活動に集中できる状況は、すごく幸せなチャンスである。しかし、それと共に、その実、ずっと会社員をやってきて、人の役に立つことが明確な環境で生きてきた凡人には結構辛い。

会社員の頃からその会社にコミットし、そのかわたらネットサービスを始めたら多くの人に使っていただいて、サービスの維持に邁進し、そこに夢中になって会社を作った流れで、全ては「ネット上の向こうの誰か」を意識し、そこに社会の接点を意識していたことが楽しかったのだと思う。逆に言うと、何も不安がないまま、会社を飛び出していったので、起業の不安などを一切経験せぬまま会社を作っていたのが前の状況。

今はそれを手放した。そして、今の活動こそが、本当の初めての独立なのだと思う。あの頃のような、人に求められる状況を取り戻せるかは、全くの不明瞭な状況。ときどき不安になる。と言うか常に不安を抱いている。

別に、その結果というわけではないのだけど、社会との繋がりを求めて、BASEのお手伝いをしたり、WebSigのモデレータに復活したり、株を買ってみたり、明日から慶應義塾大学の大学院であるメディアデザイン研究科に通い始める。

これもやっぱり逃げ、、、なのかな。ただ、これらのいくつかは目標である、人に使っていただけるネットサービスを改めて作るという目標を実現することを前提に活動をしているつもり。

大学院も、博士課程の研究計画書には、モバイルインターネットを活用した、近距離におけるコミュニケーションを研究することにしている。イマドキで言うとO2Oとかそんな分野になるのかな。でも、ずっとモバツイを始めた頃から実現したかったことを、ちゃんと研究するために大学院に通うことを決めた。

コードは書けるけど、どういうコードを書くか?!という課題を設定できるようにするための取り組みとも言える。実際、面接ではそう話した。

昔、MOTの大学院に通おうと思って検討した時にテクノロジドリブンじゃなくて、自分はネットメディアを作る力を身につけたいと思って、同じお金を使うなら年収を落としてでも経験を買うためにネットサービス企業に転職したことがあって、今回は、そのリベンジとも言える。

もちろん目標自体が不確実性が高い話であり不安は尽きない。既に誰かが作って、成功しているサービスや、これから立ち上げるサービスのお手伝いする方に回ったほうが、自分の力を発揮できていいんじゃないかという、おそらく賢明な選択肢を常にイメージしながら、今はまだ夢見てツッパっている状況とも言える。

懸念してるのがいくつかあって、人に言える部分で言うと、やっぱり自分の年齢。気がついたら結構、記録上の年齢が増えていた、というのがある。今後、ネット業界で偉くなっていく人は自分よりも一回り以上低い年齢の人がどんどん増えていくわけだから、そういう状況の中で、いつまでなら存在を認めてもらえるだろうか、というタイムリミットのようなものをイメージしながら、というのがある。

うだうだ書いてしまった。明日から大学院が始まるので、気持ちの切り替えと整理のために弱い部分を書いてしまった。

=======================
なお、上記文章を書いたネタ元を念のためメモしておく。

35歳の壁

35歳までは20代と同じだと思ってたね。まだ学食行けるじゃん、と。確かに20代とは違うということを意識するのがこの辺かも。

自分は違う意味で、これから学食行けるんだろうけど。


「やばさを引き出したい」  家入一真氏がトレンダーズで“社会復帰”

ひっかかったのはタイトルだけね。釣り的なタイトルだと思うが、会社員になることが「社会復帰」なのか?というのは、今、弱ってる自分には結構刺さった。

死なないために

大学院に行くな、というところがヤバい。社会人入学なので、ちょっと違うし、それを言い訳にはしない。それは絶対に。

マーク・アンドリーセン『ベンチャーなんてやめておけ』

スタートアップを殺す18の誤り

うーむ。今は、一人のような一人でないような。雇用形態とか株を持ってることじゃないよね。こういうのは。「経営者は孤独だ」という言説がそれを物語っている。ただ、早く仲間を集められる受け皿を作るというのが、とにかく現在の目標。

Author: "F-shin" Tags: "会社活動"
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Date: Thursday, 14 Mar 2013 05:02

Googleリーダー、いつまで続くのかなぁと思ってたら、今年の7月でサービスが終了だそうだ。

RSSリーダーというビジネスは、ユーザーがアクセスしなくなっても、機械はひたすらフィード単位でコンテンツを収集し続けなくてはいけないという理由で決してコスト効率は良くない。アクティブ率の低下と共に1ユーザーあたりのコストが増えていくサービスというのは他にはそんなに存在しないと思う。システム的にこれを改善する工夫はできると思うが、問題は、既にRSSリーダーはコンテンツの価値の重み付けの舞台ではなくなってるところにあるのだろう。

その中でもクローラーでWeb上のコンテンツを集め続けているGoogleのような企業だけが、こういうデータを別のところに活かせるのかなぁと思ったら、そんなことはなかったということか。

ソーシャルフィルタリング、tumblr、まとめの時代になって、情報流通が1ページ、1tweet(もしくは複数のtweetの集約)や、1コピペ、1見出しの単位と、どんどんコンテンツの粒度が小さくなり、人々がツイッターやFacebookを通じてコンテンツリンクに重み付けをしている。そういうコンテンツに動線が集まり、人に見向きもされないコンテンツは事実上、ネット上では価値がないとみなされトラフィックは生まれない。

それに対して、RSSリーダーは、そのサイトにフィードが存在する分だけデータがコピーされ続ける。誰も見てなくても、そのページ自身に価値があるかどうかも無関係に保存しなくてはいけないし、見ないからと言って勝手に消すわけにはいかないのがRSSリーダーのサービス特性。

検索エンジンのクローラーは外部リンクの数やページランク等で、価値があるとみなせば、コンテンツの更新情報が頻繁にコピーされていくし、価値がなくなったとみなされれば、更新に対しての頻度は下がり、最悪、検索インデックスから消滅もするわけなのだから、Googleのビジネスとして親和性が高く、代替手段としての脅威も大きいのは、RSSリーダーよりソーシャルフィルタリングの方だろう。

パンダアップデート以来、Googleは、彼らがもはや不要と解釈するコンテンツのインデックスをどんどん削除していく方向にあるらしい。もしかしたら増えすぎたインターネットデータを取捨選択しにかかっているのかもしれない。基本的にやる気のあるコンテンツはSEOをするハズだから、そういうのは一定期間取り込んでおいて、そうでないコンテンツや、好ましいと思わないコンテンツは捨てていくという流れになるのかもしれない。

人の可処分時間が有限である以上、人が見る情報には限りがあるし、その総体としての人類がアクセスする情報にも限りがある。ましてソーシャルメディアやニュース、キュレーションサービスを通じて、可処分時間の多くを「時事性の高いコンテンツ」に持っていかれているのだから、ネットの偏りみたいなものもあるのではないだろうか。

余談ながら、1PVあたりの価値が低くなっているーー!って話も、人の可処分時間の限界を前提に、コンテンツの質よりも「とにかく興味を持たせたもの勝ち」という構造になっているのだから仕方ない話だろう。それだけなら他のメディアと同じだが、関心を引いたコンテンツはソーシャルメディア上で人力でどんどん情報のコピーが作られ、複利でトラフィックを得る構造になっていくわけだから、Webの方がより勝ち組負け組がはっきりしていく。


# 短期的にはブログを主軸に活動してるところが痛手になる可能性はありそう。RSSリーダーを積極的に活用する情報ジャンキー系のインフルエンサーの動線が変わると、結局、それに依存してる、僕を含むソーシャルの下々にも血が届かなくなる可能性はあって、ソーシャルフィルタリング自体が衰えていく可能性もある。上流の人たちはリテラシーも高いので、代替手段に移行していくとは思うけどね。

#Google readerのURLを別のRSSリーダーサービスにリダイレクトする機能ぐらいは残して欲しいよなぁ。既存のGoogle reader専用のアプリがそのまま使えるようにして欲しい。Googleアカウントのログインしかついてないようなアプリの行き先ね。Googleプロフィールとか作って、Google+にネットサービスのソケットプラグみたいな機能をつけてシングルサインオンと、出入りのトラフィックと人気サービスだけを監視するサービスつくればいいんだよ。どうせ末端端末はAndroidがあるんだし。

#RSSリーダーはどう考えても有料化すべき。情報の上流の人たちが使って、その人達はアドセンス等で収益を得られるのなら、理屈上お金をはらっても良いツールとしてみなせるハズ。Googleリーダーみたいに市場を食い荒らしまくって、他のRSSリーダーサービスを終焉に追い込んでおいておきながら、風向きが変わったら、さくっと終わってしまうことのほうが大問題。

Author: "F-shin" Tags: "Web系"
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Date: Sunday, 10 Mar 2013 03:54

昨日、WebSig24/7のイベントがあって、そこで結構興味深かったのはチームラボの佐伯さんのプレゼンにあった、社内サーバーは全部クラウド化して、開発サーバーやテストサーバも全てコストとして可視化できた方がよいのではないか?!というアイディア

先日、総裁が書いてた尾崎豊の叫びみたいな、面白い半分、心配半分の記事でもそうなんだけど、作り手の側に技術に対する解釈の幅があって、その結果としてエンジニアにとっては定期的に言語選択闘争みたいなものが起きるのは、正直言って「緩い、幸せな世界」だなぁ、と思う反面「若干の不幸」でもあるなと思う。

簡単に言うとPythonを使おうが、PHPやruby,Perlを使おうが成果物の完成度にはあまり影響がないので、技術そのものに特別な競争力はない。

文字通りクソみたいな開発言語ってのは他の業界には沢山あって、そういうところでは技術選択の余地もなく、それを使って成果物を完成させお金をいただくわけ。どんな問題があろうが「動くように合わせて書く」のが当たり前で、そういうところからするとオープンソースは切磋琢磨が進んでいて素晴らしい世界。しかし、それにどっぷり使ってると、「甘やかされた人」にも見える心配があるわけで、いずれにせよ、「如何ともし難い」という中でキャリアを積んできた人からすると、もう言語仕様にケチをつけるというのは飲み会のネタ以外には、処理系の人以外にはありえないこと、、と思ってる人もいるわけ。つまり「選ばなくても良い選択肢」があるんだったら無視すれば良いじゃん、としか思わないわけです。

しかし、サーバサイド言語について技術選択の基準は、すごく乱暴に言えば創業メンバーの「好き嫌い」であり、その言語を使わなくてはいけないという経済的、技術的な理由にはなってない。また、趣味的な技術選択は、むしろ将来のリスクにつながるんじゃないか?!というのが、総裁の意見のポイントだったと思う。

結果として、今の技術選択はリクルーティングのためのブランディングの範疇に落ちていて、人気投票のような文脈になってるから、サービスや企業のトレンドの変化にあわせて、言語の露出が変わってオワコンとか言われてしまう。

これだとセカンドライフと何も変わらないではないか。セカンドライフは、サービス的な質とビジネス的な評価の二つがあって、ぶっちゃけて世の中に注目されたのは後者。そしてビジネス的な関心がなくなった瞬間にオワコン扱い。でも、中にいる人達はビジネス的な世界とか無縁に、自分の道を突き進んでいる、らしい。(そもそも純粋な住民と、ビジネス利用がクロスしてなかった、というのを昔、WebSigでやったセカンドライフイベントでお聞きした。)

プログラムの話に戻すと、

もっと言ってしまうと、関数やクラスの中のコードが少々質が低くても、入力と出力がちゃんとしてれば、そこでの差異になる効率の差異は、処理速度やIOの速度向上の中で、「無視出来る範囲」に収まってしまうのであれば、単純にコードの質を高めるモチベーションは、個々の職人根性の範囲という評価になってしまう。

もしも「関数内のコードの良し悪し」で、会社の利益が変わるのであれば、高い効率のコードを書ける人は、そのまま実力に繋がって、お給料が高くなってしかるべき。

しかし、それが無視できる範囲であれば、その部分は率直に言って、「経営的には重要ではない」。利益が変わらないなら、早くできる方が重要。

そういう現状で、どう楽しく働くか、生きるか?!というパラダイムになってるのが、今のITの作り手の環境なのかもなーと思ったりしている。

しかし、そういう余裕のある世界だからこそ、ITは発展し、開発者人口は増えて、多くのメリットを享受しているのだから、これは前提条件として仕方ないことなのである。

今もモバイルアプリがそうだが、たった一つの、重要度が高くない変数のぬるぽでアプリそのものが落ちるなんてのは、はっきり言って今の時代には非常識だ。そんなことよりユーザー体験の維持の方が重要であって、そういうエラーは裏でこっそり教えてくれて、つまらないエラーはスルーしてくれた方が良い。

モバイルも遅かれ速かれそっちに行くだろう。これがHTML5アプリ時代への渇望とセットという意味である。結局、HTML5のパフォーマンスが出ないのは、保護機能の集約でもあるわけだから、ハードウエアの進化がユーザーの利便性向上とプログラマ保護に繋がっていく。

まぁそれはいいのだが、こういう状況の中で、プログラマの業務の質が丸められてしまっている現状は否めず、それが、もろもろの言語闘争の原点だったりするのではないか?!と読んでいるが、こういう状況を打開する一つの方法が、クラウド化、である。

サーバリソースは時間課金であり、帯域利用が転送量課金であるならば、最適化されたコードや設計は、会社の利益に直結する。

これは単純に技術力の向上に繋がるのではないだろうか?!

単純にコスト意識を高めて、経営的概念をプロジェクト単位に導入するのも、決断は必要だが考え方としては好きだ。

よく経営者でも、何故か自分のお財布からお金を出すのは痛いのだけど、「会社持ち」になった瞬間に何故か無尽蔵にお金を持ってるんじゃないかと勘違いし、コストに対する当事者意識が薄れていくケースがあったりして、これは、どうも人間の性のレベルであることなんじゃないかと思う。経営者でこうなんだから、社員はもっとそうだ。まして大企業の社員であれば、もっともっとそうなってしかるべきだろう。

そういう部分で、単純にお金を節約しなさいと号令を出すのは、ただの締め付けでしかない。そうじゃなくて、適切な業務のインセンティブに直結するのであれば、

・無駄をすれば損失を被ることが可視化されている。
・頑張れば儲かる。そして自分の評価にも跳ね返ってくる

というのを、日常のメインタスクにも導入できればこそ職人意識は経営課題に直結する。

これが世界のサービスの質に寄与できる、求められる世界なのであれば、自然とそうなっていくだろう。

そうじゃなくて、極論「誰でもできる」方向で安住するのであれば、「誰でもできる」前提でのリーダーシップやPMスキル、またネット上のコミュニティスキルなどが重視されるだろう。今はどちらかと言うとこっちのような気がする。

ぬるぽでサービスやアプリが落ちるのは問題外だと思っているが、コードの質や設計力、もしくはプロジェクト管理力がコスト競争力に繋がる世界になるのであれば、クラウドはすごくエンジニアキャリアへの寄与度が高くなる可能性があると思うのだがどうだろうか。


#この話は昨日のWebSigイベントの懇親会で話しいた内容の延長でもある。こんなことも、そうじゃない楽しい話も、土曜の午後に流れでよく話しているので、是非またご参加ください。次のイベントは3ヶ月後。企画はこれから仕込んでいきます。その前にWebSigではめずらしい、ただの飲み会=ネットワークイベントやるって言ってたかな。

#冒頭に書いた、WebSigイベントでのチームラボさんの資料公開については現状確認中です。天才集団を支える中の人たちの意見として、かなりぶっちゃけてて面白すぎたので、修正アリかもしれませんが、大事な所は残して貰いたいなと思っていますのでお待ちくださいね。

Author: "F-shin" Tags: "Web系"
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Date: Thursday, 07 Mar 2013 15:39

Perlねぇ。昨年のYAPCでアドテクネタで多くの注目を浴びた(少なくとも僕は注目したw)フリークアウト社が、最近5億調達を発表とイケイケで、DeNA、NHN(livedoor)、mixiという状況を前にして、衰退という言葉が出てくる意味がわからない。

なぜ国内でPerlが急速に萎んだのか

やべぇ、そもそも、その「世界的なPythonブーム」というのにまったく実感が無い。WebSigで一緒にモデレータをやってる石丸くんがPython転職を果たすらしく、局所的にホットであることを除くと、昔からPythonに根強い人気があったのは知ってたし、コミットしてる人が増えてるのも知ってるけど、そんな言うほどブームなの?!僕の世界が狭いのか、この著者の世界が狭いのか。
(別にpyをdisってるわけじゃない)

それはさておき、ObjCとかクライアントサイドのJSとかnode.jsとかオンリーワンな機能にニーズがあれば、適切な技術選択を目的として、どの言語であろうがどうにか勉強して使うべきであって、別にnode.jsみたいなものは「JavaScriptだから使う」わけではないと思うのよ。

ActionScriptは、PHPに負けず劣らず「非プログラマーが勉強したい言語」の上位にいたハズだけど、このニーズもFlashとセットだったわけです。

逆に言うと自分が関わるサービスにノンブロッキングI/Oが必要なければ、node.jsがJSだろうがなんだろうが使わないわけで。

結局のところWebのサーバサイド言語に限ると、新しく作る場合は、極論「どの言語を選んでもさして影響ない」から、こんな話になるんだろうな。多くの場合、言語選択の肝は創業メンバーが好きな言語、自分のパフォーマンスを発揮できる言語、だったりするわけで。

でも、やっぱり何で書くか、じゃなくて、何を書くか、じゃないのかねぇ。

そういう意味では、急速に注目度が縮んだというのであれば、Perlを採用している企業の「何か」なんじゃないのかな。「何か」ってのはビジネス規模の問題もあれば、会社が大きくなってビジネスに対する寄与度が相対的に下がってて、人材採用のポイントがそこじゃなくなってる、とか。

結局、ネット上で話題になるエリアって人材採用に紐付いてたりするからねぇ。わかりやすい例で言うと、お金を集めて、これから沢山人材集めたいホットな会社が、どこの言語を使ってるか?!という話だったりするわけで。ここに着目しても、一部の真実しか投影してないと思うよ。それは「はてブで目立つ記事の言語」という視点ではないかと。


ということで、戦略的に言語選びをしたい人は、こちらの記事もどうぞ。
「今年こそは……」やるやる詐欺になりがちなプログラマー向け、サーバサイド言語入門【連載:えふしん⑩】

Author: "F-shin" Tags: "Web系"
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Date: Saturday, 02 Mar 2013 01:53

かつて製造業にいたわけだが、その時に思っていたのが、現場で使う工具や便利グッズは何故かアメリカ製などの海外製が多いということ。

当時印象的だったのが、温度が300℃ぐらいになる部分に使うネジが、焼き付いてメンテナンスの時に取れなくなるのを防止するためのグリスのようなものがあって、確かアメリカ製だったと思う。

他にもいろいろあるのだが、要するに、深夜の通販で売ってるじゅうたんにチョコレートをこぼしても拭き取れる謎のクリームとか、オレンジで簡単に油汚れを落とせる洗剤とか、車のボンネットが焼き付いても落とせるとか、そういう類のものだ。

何故か、そういう現場を席巻する「便利グッズ」はたいてい日本のものではないというところに不思議な印象がある。

・何故、日本ではそういうものがほとんどないのか?!
・じゃぁ何故アメリカではそういうものが作られるのか?!
・更に、中国や韓国などでは作ることができるのだろうか?!

というのは、ある程度経験を積んできて、なんとなくわかるような気もしつつ、しかし、まだ言語化できるほど世界を知ってるわけではない。

イノベーション、人材の多様性、市場性、自由度というあたりがキーワードなのかなぁなんてのは漠然と思っている。

一つちらっと聞いたことがあるのは、「全然ダメな奴」ってのが日本の現場にはあまりいないってのはあるそうだ。だから管理技術や生産技術が成長しない。ある意味良いことなんだけど、破壊的なイノベーションも発達しない。「自分たちが○○すべき」という根性論と職人的リテラシーであらゆることが解決される。

これは見事に若い人たちも、誰に学ぶこともなく同じようなことを言い出しているのを感じているので、日本人のDNAなのだろう。だから今持ってvimとかemacsが好きな人が沢山いて、eclipseやVisualStudioではないんだろうなぁと思っている部分は正直言ってある。

しかし、それはあくまでもプロの常識レベルの話であって、何かの拍子に破壊的なイノベーションが生まれると、外圧のように日本にも導入され、結局、世界を追従する状況になるのが日本の歴史なのだろう。それでも昔は世界の工場としての優位性があったわけだが、もはや中国や韓国の方に移動してしまい、今後どうやって生きてくのだろうか、というのが現状の課題。

今のところ、世界の中でも安定した先進国として、バランス感が高いからこそ円高になってた部分もあるようなので、そこをしたたかに逆手に取って、次のターンを掴むことこそが本当に今の日本に必要なことだと思うが、そうは言っても、ただでさえ世界レベルでは品質過剰な国になってしまったため、これぞという目処は見えてない。

と随分大きなことを書いたが、もっともっと日常レベルで、今回のエンジニアタイプの連載に書いた記事も、その辺と似たような話かもしれないなぁ。割とF's Garageに書くべき渾身の内容なのでこちらでも紹介いたします。(渾身の内容ってのは要するに文章が長い、ということw)

Webとは一味違うスマホアプリの動的UI設計は、「脱・ワイヤーフレーム思考」で【連載:えふしん⑫】

・アメリカのiPhoneアプリはなぜクールか!?
・Webの成功パターンを捨てよ
・説明的な画面設計から、体験的な画面設計へのシフトが重要
・ワイヤーフレームを捨てよ!


Author: "F-shin" Tags: "Web系"
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Date: Wednesday, 27 Feb 2013 14:52


(これは日経情報ストラテジーに掲載された記事の写真。以下本文)

利用規約ナイト、vol.1,vol.2の登壇者による利用規約の本がでます!

まずいきなり絶対買うべき理由から紹介しますね。

特別付録として、利用規約とプライバシーポリシーのひな形の英訳も収録。

iOSアプリやAndroidアプリはスイッチひとつで海外にリリースできるわけです。利用規約いるよね?しかも海外で訴えられた時に適切な防御できてますか?!いきなりアメリカの裁判所に来いと言われても断れる規約になってますか?!

これが2,394円で買えるのはどの人件費を考えても安い!


ネットサービスを作る人達ならマスト!
すべてのネットサービスを運営する企業なら、最低一冊は買いましょう!事業部が複数あるなら事業部毎に書いましょうw

良いウェブサービスを支える「利用規約」の作り方

著者は、多くのベンチャーの顧問弁護士も勤めてる雨宮弁護士と、某ネットベンチャーの法務担当も務める企業法務マンサバイバルの橋詰さんと、利用規約ナイトvol2でも熱いプレゼンをしてくださった、IMJの片岡さんによる本です。

利用規約ナイトは、くっつきそうでくっついてなかった弁護士とネットサービスとの作り手とがうまく顔を合わせるきっかけだったように思えます。

そもそも事業者側である僕が、ふとしたきっかけで顧問弁護士でもあり利用規約ナイトのアドバイザーでもある猪木弁護士に、こういうイベントってどうですかね?!と、相談したのがきっかけ。

実を言うと、利用規約を弁護士にお願いして作るって実は僕も知らんかったですよ。ペパボの時には、確かに自分たちで原案を作って、法務部門に確認してもらってたわけなので、よく考えてみれば、そうなんですが、あんまり意識してませんでした。

それが自分で会社を作り、サービスを作って、じゃぁ利用規約を作ろうかと言う段階で、あ、適当じゃダメじゃん、って。特に課金系、はたと正気に戻る。

モバツイで課金機能作る際にはグリーの利用規約を参考にさせてもらいましたよ。というかパクリました。恐れ恐れバレたらどうなるのかなぁなんて思ってたら、なんとパクっても問題ない、、、と。それも知らなかった。

最初の打ち合わせで、ひな形を見せてグリーのパクって作ってるんですけどねと、何を言われるかとヒヤヒヤしながらお願いした時に、どうりで猪木さんが何も言わないわけだ。利用規約に著作権がないことは後日、教えてもらったわけです。


サービス事業者と法律家の当たり前の間にあるミスマッチとモヤモヤを解決するために始めたイベントが、さらに新しいきっかけになって本が出るってのは素晴らしいことです。

是非、皆さんも何かの知見や、新しい何かが得られたら幸いです。
ネットを使って、良いことも悪いこともしたい人は、この辺の知識はmustですよ。


なお冒頭の画像は、日経情報ストラテジー 2013年4月号に利用規約ナイト vol.2についての記事を掲載いただきました。これも今日、見本紙が届きました。ありがとうございます。

Author: "F-shin" Tags: "Web系"
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Date: Monday, 18 Feb 2013 01:00

ということを解決すべく、少しイベントの告知をさせてください。

3月9日(土)に「便利さと、怖さと、心強さと〜戦う会社のための社内セキュリティ 2013年のスタンダードとは?!」というイベントを行います。

セキュリティと言っても、いわゆるテクニカルなセキュリティの話ではなく、以下の図にある3つの要素を如何にバランスさせるか?!という視点で、

1.スマホやモバイルの進化により組織としての働き方が柔軟にしたい!
2.クラウドサービスの進化で、すごく便利になったけど、社内では制御不可能なリスクも背負っている!
3.そしてセキュリティは守らなきゃいけないけど、時代の変化で上二つを受け入れていかないとワクワクできる職場にならなくね?!

という現状の中で、今回登壇していただく4組の方々には、どのようにチャレンジしているか、特にデータを預ける先のサービスは信頼できるのか?!、こういった状況で、各社、どう考えているのか?!というのを、それぞれの視点からしゃべっていただくイベントです。

まずチームラボの佐伯さん、高須さん
チームラボさんのプレゼン概要は、非常にチームラボさんらしい内容ですが、今回は天才達を支える猛獣使いのお話です。

■タイトル 上司が信用できない会社の内部統制

■プレゼン概要
チームラボは、上司も部署もない会社です。社員のほとんどが常に動きまわっており、身軽に動ける事を信条としています。
SIerとしてはどうしても強固なセキュリティを意識せざるを得ませんが、弊社のような社風ではガチガチに固めてしまうと足枷にもなりかねません。
しかし、昨今のクラウドの台頭等により、我々が理想とする環境の実現がだんだんと見えてきました。
チームラボの現在と展望についてお話させていただきます。

タイトルの「上司が信用出来ない」、、、というあたりが最高ですね。

ベンチャーの型破りな社長がいるようなところ、そういった会社に転職してみたい人には見逃せない話です。


次に、Amazon Web Servicesのユーザーグループでは、大石 蔵人之助としても有名なサーバーワークスの大石社長。

昨年末に衝撃的なタイトルの記事を上げられていました。

社内LAN撲滅運動 – ISO27001(ISMS)認証を取得しました

私たちは、LANによる信頼を一切排除することで、逆に「どこにいてもセキュリティレベルが一定以上保てる」ことを実現し、これによってスマートフォンやノートPCのBYOD、リモートオフィス、社外へのPC持ち出し(このエントリもスタバでドヤ顔をしながら書いています!)といった、モダンな運用とセキュリティをバランスさせることに成功しました。実際、セキュリティレベルの高さと運用のエレガントさにISMSの審査員から感嘆の声が聞かれたほどです。

サーバーワークスさんは、Amazon Web Servicesのサードパーティのトップランナーですが、クラウドを知り尽くしている立場だからこそ、社内LAN内のぬくぬくとしたセキュリティ環境からPCを切り離し、あえて、各PCが常にグローバル環境で戦えるセキュリティを保てるように構成を変更することで、ノートPCを家に持って帰ったり、カフェでネット回線につないでしまう状況においても、クラウドを活用し、社内と変わらぬセキュリティ保つことができる構成にされました。

そしてそのエビデンスとして、なんとこの構成として情報セキュリティマネジメント・システム(ISMS)の認証を取得してしまったそうです。
セキュリティはディフェンスの立場なので、ISMSを取得する際にアピールする中では、どうしても保守的にならざるを得ない中、クラウドにいち早くコミットしてきた企業らしい前に進む戦略で、ISMSの審査員をうならせたストーリーは見逃せません。

このことについて詳しく話をしてもらおうと思っています。


3組目として、社長の林千晶さんが伊藤穣一さんのMITメディア・ラボにおける所長補佐をやられているロフトワークさんにも参加していただきます。

強い組織になるための「非・堅牢な」セキュリティ設計のススメ コラボレーション型のチームでプロジェクトを進めているロフトワーク。

そんな弊社では、「堅牢で完全なセキュリティ設計を目指しても本当に強い組織にはなれない!」という思想のもと、情報セキュリティや組織において柔軟性とスピードをいかにデザインできるか、日々試行錯誤しています。

伊藤穰一の"9 principles of After Internet" や、antifragility、volatilityといったキーワードをもとに、ロフトワーク流の情報セキュリティについてのコンセプトを、実例も交えながら皆さんに問いかけたいと思います。

アメリカのベンチャー流の考え方と、日本的ビジネスのバランス感が楽しみです。

WebSigのモデレーターでも技術評論社の馮さん曰く、みなさん「反体制」(笑)のお話と言えます。面白いと思いませんか?!え、そんなことない?!

こういった登壇者に、セキュリティという地味な話をしていただくことを考えた時に、あえてイベントタイトルに「戦う会社のための社内セキュリティ」という表現が適切であろうと考え、それに沿ったプレゼンをお願いしました。

ガチガチの「かくあるべし」を導くためのセキュリティの話ではなく、セキュリティをきっちり意識しながらも、クラウドやモバイルなどの最新技術で美味しいメリットを如何に取り入れるか?!というのがポイントだと思っています。

自分もいろいろチャレンジしたいけど、うちは情報管理が厳しくて、社内をどうやって説得したら良いかわからない、という人は、是非会場に来て、直接登壇者の方々に質問してみてください。何かしら打開策が見えるんじゃないかと思いますよ!

(よくあるパターンとして、当人がその話を聞いて、転職するきっかけになったりしてしまうのも、WebSigらしいところです(笑)なにせ土曜日開催ですから!)


そして4組目、全体の総括として、セキュリティ専門家のトライコーダの上野さんにお話していただこうと思っています。

クラウドは○○を共有するサービス ここ何年か、Dropbox、Evernote、サイボウズLive、Facebook、LINEなど、こういったサービスを使わない日はありません。どこの国にいても誰とでもファイル共有はできるし、情報共有もできる。仕事がとても捗っています。

「クラウド」と一括りで呼ばれるこれらは、インターネットの向こう側にあるネットワークやサーバー、ストレージ、アプリケーションなどのサービスを提供してもらい、リソースを共有するサービスです。

便利な一面ばかりが取り上げられますが、セキュリティは大丈夫なのでしょうか。私の預けた情報は見られてないの?ファイルが盗まれたりしてないの?など、心配になりませんか?

実はクラウドはセキュリティ的には○○を共有するサービスなのです。○○を知ることで、セキュリティを保ちながら、便利に使いこなしましょう。

このイベントを通じて出てくる基礎的な情報も踏まえて、今のクラウド環境を生かすためのバランス感をここで共有できたらと考えています。


土曜日の午後ではございますが、絶対に他にはない面白いイベントだと思うので、是非、ご参加いただけたらと思います。懇親会もあります!

東京は、VOYAGE GROUPさんで行います。下記リンクからお申込みください。


第32回WebSig会議「便利さと、怖さと、心強さと〜戦う会社のための社内セキュリティ 2013年のスタンダードとは?!」

大阪でも会場の映像を中継する予定です。

第32回WebSig会議 パブリックビューイング大阪


Author: "F-shin" Tags: "Web系"
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Date: Thursday, 14 Feb 2013 17:34

スマホアプリが、実質的にWebサービスのフロントエンドになってるじゃんという話をちらほら見かけるが、技術論的にはFlashでフロントエンドを作ってた人には全く違和感も驚きもないところ。

ただ、スマホらしいUXという部分で言うと、通知またはモニタリングをきっかけとした「何か」なんだろうな。そういう意味ではただWebサービスをアプリ化するだけじゃダメってことなのだろう。

いわゆる普通のWebサイトにおけるFlashが、基本的にリッチなUIやリッチな表現のみしか訴求できなかったのに対して、アプリの場合は、日常生活に割り込むことができることがスマホらしいUXということになるんだろう。

文字通りWebベースに考えてみたスマホアプリ論。

iOSのアイコンに一発インストールできる価値がものすごく重要なので、Webアプリがスマホでどうにかなるためには、App storeからインストールできることが求められる。これはApp storeアプリの検索窓が、現状、唯一のアプリアイコン検索窓として作用しているからである。

Author: "F-shin" Tags: "Web系"
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Date: Thursday, 14 Feb 2013 13:20

世の中、確かに新入社員が1〜2年でほとんど辞めることを前提に大量採用して、数%生き残ればOKという会社はある。間違いなくブラック。しかし、すごくいい会社でも、新入社員が10年後には10%も残ってない会社も沢山ある。

前者は、脱落を前提としている会社、後者は居心地は良くても、できる社員たちが勝手に巣立っていってしまう会社。

どっちが良いのかな。実態としての社員の残存率は変わらない可能性がある。うーんともしかしたら、「できる人の残存率は変わらない」が正しいのかも。

また、それとは違って、ワタミの社長にせよ、ソフトオンデマンドの社長にせよ、ブラックと言われる会社でナンバーワンになることは自分の自信に繋がるから、と、あえて厳しい世界に飛び込むヒトもいる。辞めることを前提にブラックという環境を利用する。

ブラック企業のすすめ

上の記事のコメントに面白いコメントが書いてあった。

こんなギャンブルのような職業選択を若者に勧めている生島は、悪魔の手先でしかない。そんな企業で生き延びるのは、競馬の万馬券を取るより難しいことを知っておいたほうがいい。従業員を大切にするホワイト企業に入るのを、真面目に、みなさん目指しましょう。ブラック企業に入りたいと思う人は悪魔に心を売り渡した人です。うぶな若者を惑わすバカな奴らに、だまされないように。

このコメントを見て思ったけど、ホワイト企業なんてあるのかな。。。

確かに、ビジネスモデルがものすごい優れていて、人の能力が業績に与える影響が低い場合は、実は結構ホワイトでOKなんですよ。極論、人がいさえすれば儲かる会社がたまにある。そういうところでも給料が高い会社と低い会社はある。こればかりは歴史的経緯と利益率と配分の問題。

結局、そういう会社が存在するから一般論では語れないのだけど、そうは言っても、世の中のメジャー意見としては、何十年も安泰の会社って、そうそうないですよね、という方向。大体の会社は何十年も残ってても結構、状況状況で変化してる。だから、リストラもやってるし、定年まで残れる人の数は少ない。

ブラックを否定するのは簡単なんだけど、ホワイト企業も多くないし、多くは中庸なんだろうけど、とはいえ結局、会社に依存してしまうと変化に対する体質が弱くなるような気は、僕はしますね。そもそも会社が変化する中で生き残れる人じゃないと。そこで戦える人の条件ってブラックでも戦える人と、あんまり変わらないんじゃないかとは思ったりもする。

上記のURLに書いてある記事に書いてあるポイントは、ブラックに望んで入るのではなくて、ブラック企業も乗りこなせってことだと思うので、やっぱりそういう心持ちで職業選択する人と、受け身でホワイト企業を探す人では姿勢が違う気がする。

ま、でも、こういうのは紙一重なんですよ。紙一重だから真性ブラックな企業も精神論で存在しえるわけですし、ベンチャーのような小規模企業も字面的には限りなくブラックに近かったりもする。労働基準法が、大企業による弱者扱いとしての社員への横暴に対応するために調整されているのなら、そもそもそんな弱者はいないハズだというフェーズのベンチャー企業が全てに適応するのは合理的ではない面も多々ありますしね。

だからこそ、ブラックというラベリングで安易に職業選択から逃げないで欲しいですね。世の中、ホワイトを引く確率の方が宝くじに近い気がします。多くの中庸な会社はあんまり目立たないところで競争社会が存在します。他人の評価ベースなので、年取ってから気がついても遅いです。

で、何より、あなたができる人であればあるほど、ホワイトっぽい職場で満足できる保証もありません。結局、満足できずに辞めちゃったらホワイトもブラックも同じですね。

こういうブラックネタにネガティブなコメントをついてるのを見てて、こんなことをよく思う。結局、どこ行っても戦わなきゃいけないんじゃないかなぁ。ゆとり教育なんて語れた平和な日本はもう終わってますよ。とっくに。

Author: "F-shin" Tags: "会社活動"
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Date: Tuesday, 12 Feb 2013 04:28

この文章が面白かった。

qlog » Blog Archive » スタッフに説教する際に言うの忘れたこと

あぁあまたFacebookがネタ元で時間を費やしてしまった。しかもブログまで書いてるし。ちょっと文章の内容とは違うところに反応してるかもしれないけど、

20代でも、30代でも、もしかしたら40代以降でも、無理していろいろ決めちゃわないで、ジタバタしていれば良いのだと思う。 ジタバタさえしていれば、いきなり死んだとき、「あー楽しかった」って言えるに違いないのだ。 それが一番大事なことだとわかっているのに、それをちゃんと彼に伝えることができなかったし、私も忘れてたし、なんか、自分を決めつけてしまって自由じゃない人がたくさんいるから、こんなふうにここで書いてみた。


よく見かけるんだけど、意識高い系若者および、若者の成功者が一様に抱く「年食ったら多分、自分のやりたいことは、できないし」は、大体、間違ってる。

成功した人がやる気がなくなるのはお金を持ってしまったからであって、年を取ったからじゃない。

それに何より、そういうこと言ってる奴は、自分の10年後に自分がどう考えるかを理解できる人はいない。

じゃ、どうなるか?!答えを先に書くと、

「基本的には、10年後も、あなたは何も変わらない。」

これが正解だと思う。多分、10年前もあなたの本質、、、何に興味を持ち、何に恐怖するか?!ということは、そんなに変わってないと思う。

なのに年齢の話が出てくるか?!というと、例えばプログラマー35歳定年説なんてのもあったが、それは単純に偉くなったのと、自分なり組織なりが、他に興味があることが出てきてプログラムに興味がなくなったからだけだ。

つまり、自分が適応できなくなった理由を全部年齢のせいにしている。

大体、LL言語やライブラリ共有化で若い人に知の高速道路ができたので、いろいろできるようになったって言ってるけど、その分書かなきゃいけないコード量は減ってるんだから、年取った奴だって恩恵は受けてるんだよ。

年齢で衰えるのはプロ野球選手やサッカー選手、相撲の選手などのスポーツ選手だけだと思う。まがいなりにも知的労働と言われる仕事はそんなに体力使ってないし、そもそも最初から体力だけで勝負してない。体力使う仕事は体重が減るハズなんだよ。

スポーツジムにあるランニングマシンに、心拍数が書いてある。どうやら年齢によってこれ以上上げてはいけない上限値というのがあるようだ。20代で160、30代で150、40代で140ぐらい。

ってことは、心拍140以下で頑張れるなら何歳でも関係ないってことだ。(これは極論である)


ま、何が言いたいかって言うと、大体、みんな10年後の自分を恐れるけど、意外と何も変わらないし、頑張れた時が人生のMAXだしってことで。あとはあなたの気持ち次第ってことが書きたいだけなんだけどね。


でも、ただ一つ。年が変わると、周りからの目が変わるというか、世代論で括られるから、そこだけは大事にしないとね。特にネット系は、今はあまり知られてないけどって人では、絶対に僕より若い人しか、もうこの先、成功して偉くなる人は出てこないだろう。チャレンジしてる人の数が違うから。こういう世界では常に若い世代から評価される自分でなくてはいけないのは間違いない。

今度は、逆の話だけど、20代で起業して失敗しても良いじゃんとあるけど、これは年取った人だから言える話で、20代でも今が大事だろと思ってる人には伝わらない。ポスドクの件の話だって、結局20代の時間の使い方なわけだ。そういう部分で、余裕が無い人はずっと余裕はない。10代だって人生のレバレッジに効いてくるイベント満載だしね。

が、余裕がある人は何歳になってもチャレンジする。ただ、世の中にどう評価されるかってのは割と意識した方がいい。これは大人としては大事なことだと思う。

大体、世の中で成功してる人、みんなしたたかだから、自分なりの選択肢の中では、うまくやった方がいいとは思うね。それがレールに乗る乗らないとか、やらないリスクを取るのか、やるリスクを取るのかってのは、人それぞれお好みで。

最後ごちゃごちゃしちゃった書き方になっちゃったけど、自分は何でもよくても、他者と自分は違う中での折り合いは必要だったりするねって話。ただ立派でも良い子でも社会的成功を収めている必要も全然ないと思う。

忙しいので、ツイートレベルで書きなぐった。文章めちゃくちゃでごめんね。


参考:
Stay hungry, stay foolish. [和訳] スティーブ・ジョブズ スタンフォード大学卒業式でのスピーチ - stayfoolish

#まぁ子供ができて損益分岐点が上がってやりたいことができなくなるってのは仕方ない話だ。ゼロリセットできないストックを持つ選択をしたんだから、それを前提にリスクを勘案して動くべきなのは、いつどんな状況でもありうること。それが大人の責任というものだろう。

Author: "F-shin" Tags: "会社活動"
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